体調不良の中で、、、

2008.08.27.Wed
健康というのは、病気になってからよくわかるといいます。
現在、腸炎にかかり、自宅療養中です。
不摂生が悔やまれます。
それか、焼肉を生焼けで食べてしまったのか。

病院で処方された薬を飲んで、日に日に回復を実感しているところです。
これも医療技術の発展の証。

地球温暖化のことで、一番いい方法は、「原始時代の生活に戻ること」という話を聞いたことがあります。
たしかに、と納得する。

でも、こうして病気になってみると。
「もっと完璧に早く治る薬がほしい」
「いや、とにかく痛みがなくなる薬がほしい」
「というか、病気にならないようにしたい」

と思います。
これって、原始時代とは逆のさらに進歩する社会になってほしいと切望する声。
このぐらいの病気ならまだしも、もっと痛い、自然治癒では治らない病気だったらどうする?
なんて考えると、原始時代とはなんて恐ろしい時代なんだと思います。

どう考えて、原始時代になんて戻れないのはわかっています。
温暖化が進行しようが、今の技術よりももっと高い水準の技術に囲まれて過ごしたい気持ちでいっぱいです。
それが、現代に生きる人間の考えだと思います。

とはいえ、温暖化対策もしないといけません。
原発賛成派のぼくにとっては、温暖化とコスト面を考えると、火力発電をやめ、原子力発電に力を注ぐべきだと思いますがね。
日本は、原爆のこともあって、原子力発電に倫理的というよりも、感情的に反対をしています。
が、将来的にはどうなのかなと思います。

原発に反対しているのだから、電気代が上がっても文句は言えませんね。
それか、電気代に負荷をかけて、そのお金で火力以外の発電をする費用にあてるなどの工夫をしてみてもいいのではないでしょうか。
現状放置はよくないでしょう。


と、こんなことを考えるだけの余力があるということは、だいぶ体調が戻ってきたということですね。
よかったよかった

(終わり)

ネットカフェ難民に生活費、職業訓練条件に月15万円融資へ

2008.08.25.Mon
ネットカフェ難民に生活費、職業訓練条件に月15万円融資へ(読売新聞) - Yahoo!ニュース

厚生労働省は23日、「ネットカフェ難民」の就労を支援するため、公共職業訓練の受講を条件に、訓練中の住居・生活費として月15万円を融資する制度を2009年度に創設する方針を固めた。
年収150万円以下の受講者は返済が免除されるため、実質的には給付となる。09年度予算の概算要求に関連予算1億円を盛り込む。
ネットカフェ難民は住居がなく、定職にも就けずにいることで、低収入で不安定な生活を余儀なくされ、これが、就労を一層難しくするという悪循環に陥りやすい。厚労省の昨年の調査では、全国に約5400人いると推計されている。

(上記サイトより)

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日本という国は、真剣に沈没していってしまっているなあ。
それしか感じません。

ぼくはネットカフェ難民は嫌いです。

ネットカフェ難民の特集を何度か見ましたが、そうなってしまった理由は、

「自分のやりたいことを探していた」
「自分にあうものがない」
「就職してみたが、イメージとは違っていた」

のような、ことが原因でその日暮らしのアルバイトに没頭しているのが多かったです。
だいたいにして、甘い。
自分のやりたいことしかせず、自分に甘えていて、社会を見なかったから、今の自分があるわけだ。

自業自得。

それしかいえない。
今度は、この人たちにお金が支給されるという。
なんて、待遇だ。

まずは、家がないのだから、実家に帰らせなさい。
東京とか都会に出てくるから、家賃が払えないとかが出てくるのだから、実家に帰るべき。
次に、親に現状を通知し、親の責任で子どもを養いなさい。


と言いたい。

弱者に温かい社会はいい社会ですが。
努力をしない人に甘い社会は嫌いです。

学校で勉強をがんばらない、
学校を荒れさせた、
好きなことばかりしていた、
努力は一切しなかった、
嫌なことは先延ばしにした

そんなんじゃ、将来困ってもしょうがないでしょう?

自業自得。

あとは、親の責任。

以上。


ですよ。本当にそう。


ドラマで「モンスターピアレント」なんて流行っていますが、無責任な親、自己中心的な親がどれだけ多いことか、そして、どれだけ子どもを不幸にして責任をとらないことか。
最後にめぐりにめぐって、そのツケを国が支払うのであれば、その国民が国を腐敗させているだけではないか。
子どもの責任は親。
そんな責任も取れないような人が親になってはいけないのですよ。

(終わり)

帝王切開死、無罪判決 から

2008.08.21.Thu
加藤医師「きちんと判断、ほっとした」=現場復帰に意欲も−帝王切開死、無罪判決(時事通信) - Yahoo!ニュース

ニュースの詳細は、少しだけネットで見ただけなので、よくわからない。
帝王切開したときの出血が予測できたかどうかが裁判の焦点なのだろうと勝手に解釈。
そもそも、この裁判は、遺族が、亡くなった経緯を知りたくて起こした裁判のようです。
けれども、裁判で争ったが経緯がわからなかった模様。

さてはて。

とりあえず、裁判は無罪判決でよかったと思います。
医療事故は確かに起こると思います。人の腹を切ったりするのだから、100%っていえないと思います。
だから、それだからといって、それに全力を尽くした医師を責めることいけないと思うし、それが許される社会であれば、誰も医師なんて目指さなくなりますから。

ただ、それが全力を尽くしたのか、それとも怠慢だったのかはわかりません。そこがもめる原因でしょう。


こういうニュースを見ていると、遺族側が「事件の真相が知りたい」と嘆願します。
ぼくはいつも思います。

「どんな真相ならば納得するんだろうか?」

と。
事情説明がなされても遺族は「まだ隠し事がある」って言っているように聞こえるときがあるのです。
つまり、事情説明が「こうこうこういう経緯で、こうなりました。だから、悪いのはこちらで、全面的に責任があります」とまで言わなければ納得しないのではないのか。

事件の真相、というよりも、自分が納得できる説明を求めているのではないかと。
都合の悪い真実はいらないのではないかと。

冷たい言い方かもしれませんが、日常的にそういうことはないですかね?

自分が知りたい結果だけに耳を貸したり、都合の悪いことは聞かなかったり、
自分の言いたいことばかりを相手に言ったり、悪いところを隠して説明したり。

人間が私利私欲で生きている限り、自分の都合を優先して、都合の悪い真実は闇の中に葬り去る、そんなことが繰り返されているような気がします。

決して、今回の件がそれといっているわけではありませんが、今回のニュースを見て、日常生活でもそういうことが往々にしてあるわなと思うのです。

それに、自分の都合のよい説明をひたすらに求めてみても、それが得られる希望がなくて。
でも、その人にとってはそれがなければ次に進めないのです。
進めないので、歩みをとめてしまう人生。
それがいいのだろうかと。

この辺が合理主義的考え方というのでしょうが。

(終わり)

5年3組リョウタ組

2008.08.20.Wed
何ヶ月前に、王様のブランチで紹介されていて、そのまますぐに市立の図書館で予約をした本が、何ヶ月か経って、手元にきました。
元は新聞連載されていたそうです。

5年3組リョウタ組
5年3組リョウタ組
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石田 衣良
角川書店
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おすすめ度の平均: 4.5
4 読んじゃったぁ〜。
4 程よいリアル感、そしてさわやかな読後感
5 リョータ先生、やったね!
5 ありきたりにはならない
3 良太先生


4年目の小学校教員の話です。もちろん、フィクション。
主人公のリョウタ君は、学校で実施されている学級競争では、常にビリ。
方や、同期で同年代の染谷先生は、できがよく、そつがなく、学級競争では常にトップ。
この二人が中心となり、対比しながら、物語が進んでいきます。
学級競争、学年団中心主義など、ぼくには考えられない環境の中、さまざまなことが起こってきます。

まだまだ読んでいる途中です(250ページくらいか)が、引き込まれるように読んでいます。

小学校と中学校の文化の違いはとまどいます。
一番の違いは、小学校は学級王国であること。
つまり、学級を担任一人がほぼ切り盛りする状況であり、学級に起こることはすべての担任に肩にかかっているのです。

中学校における担任は、それとは違います。
たしかに学級をまとめる部分はありますが、教科ごとに担当教員が違うので、学力的にはその教科の責任ですし、生徒指導はその授業ごと、その場に居合わせた教員が行いますから。
いろんな教員が生徒に関わっていきます。
それが無責任なのか、いろんな人が関わるからよいと見るのか。
今の段階で、ぼくは小学校の先生の責任をおもいよなって正直に思います。


管理職についてもいろいろと描かれているのですが、仕事のやりやすさ、特に生徒指導的な部分は管理職しだいです。
正直なところ、読んだ範囲では、うちの校長のほうが断然よいです。
こんな校長の下ではあまり働きたくないですわ。
今の校長も今年度限りで、異動でしょうから。次にどんな人が来るのか、怖いです。


本書の中では、小学校の教員の苦労が書いてあります。
読んでいただいたら少しは、教員に共感していただけるのではないかなと思うのですが。

ただ、不満というか。
放課後の描写がいまいちだなと思うのです。
小学校は中学校と比べてクラブ指導がないのですから。
15時以降は生徒がいなくて、教員はフリータイムのはず。
そこで仕事をやればあんなに遅くまで残らなくてよいのでは?

こちら中学校の教員は、クラブ指導で17時半、下校を見届けたら18時くらいになる。
そこから仕事。
この3時間以上の差があるはずですが。
ここの部分の描写が甘くて、中学校教員としては不満があります。
作者はここまで取材したのかな、なんて疑ってしまいます(が、ちゃんと取材してますよ)


**************

さて。
ここまで、書いてきて、いったい何が書きたかったのかわからなくなってきました。

自分と対比しながら読める教員ものの小説であり、自分も3年目。自分ならどうするかと考えながら、勉強もさせてもらっている気分です。

ここで見られるのは、学級競争で勝つ教員が絶対的にすばらしいかということ。

学級競争で見取れない部分ですばらしい教員がいるのも事実です。

学校でも、成績だけで見るとたしかに落ち込む子であっても、ほかのところで光る子ってちゃんといます。

これは学校だけではなく、どこでもそうですよね。

こういう部分の取り上げ方がきっとすきなんでしょう。



まとまりがつかないので、この辺で。

(終)

墓参り

2008.08.18.Mon
実のところ。
ぼくには墓参りの文化がありません。
職場で言えば、「なんじゃ、そりゃ」「非常識」とかいわれるのですが、お盆の墓参りといわれてもピンときませんね。

それは、子どものころから墓参りというものに行ったことがないのが起因しています。
どうもうちの一家というか、父と母はそれほど親戚づきあいというものがないことがあって、正月だの、お盆だのに、親戚が集まる文化もありません。
あっても、父の母がやってくるか、の程度で。
それ以上のつながりというのはありません。

まあ、ようは家庭事情なわけで、そこには父と母の出生の秘密(おおげさに言いすぎ・・・)があるわけで、くわしく聞こうという気はありません。
父のほうは知っているのですが。

そんなわけで、墓参りの文化はぼくにはなく。
あるとしたら、父の母が亡くなれば、その人を知っていてお世話になったことから行くんだろうな、という程度です。

先祖にたたられるぞ、と言う人もいますが。
祟られるのであれば、戦争のことで、アメリカ人の多くは日本人から祟られているはずで、宗教人への弾圧は神からの天罰があるはずで、
結局、「おばけが見える」「幽霊がいる」というような、その存在が証明できていない問題で、
気分の問題であったり、宗教の問題であったり、人付き合いの問題であったりするわけですよね。

そんなわけで、もともと文化がないので、「墓参りに行こう」なんてのも思えないし、誰を見舞ってくればいいのかというわけで。
それにいるとして、先祖もぼくがいったところで、「このガキは誰だ?」といぶしかるだけかもしれません。
こんなことを言っていると、細木さん的には「子どもができて荒れたら、あなたがきちんと先代を供養していないから」といわれるのですよ。


思うに。
こういう文化って、やっぱり家族から伝えられる影響が強いわけです。
伝えられなかったからぼくにはそれがないし、他人からも言われてもこの問題では影響力がないわけです。
そして、「勉強に関する考え方」「公衆道徳に関する考え方」「人付き合いの仕方」「金銭感覚」など、日常の様々なことも同じで、家族から、それこそ親の影響で、その子のすべてが決まってしまうわけです。

子どもが荒れる、のは原因として親の教育力のせいです。
学校のせいではなくね。
それを親が「自分も勉強しなかったから、しなくてもいい」なんて、のたまっているから、こういう現状になって、そして、その現状に責任を持とうとしないから。

負の連鎖が起きるのです。

それがわからないうちは、日本は右肩下がりに国力が下がっていくのが目に映ります。
家庭ですよ、家庭。それが、子どもがどうなるかの過程を担っていきますからね。


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というわけで、結局は教育問題にいくというか。職業柄なのか。宗教の布教なのか。
わかりませんが。
文化は伝えられるから、残っていって、伝えられないものは文化ではなくなってしまうんですよね。

(終わり)

こんなんだっけ、と。

2008.08.15.Fri
暑い中、出前授業で必要な物品をホームセンターで購入。
店内ならともかく、外に置かれた商品を選ぶの厚くてたまりません。
目に付くのが、ソフトクリームやたこ焼きなどを売っている出店。

たまらなくなって、いってみると、

ソフトクリームが450円。

ソフトクリームが450円。
一瞬にして冷静になりました。
ふと横を見ると、ジュースの自販機が。。。
さすがに暑いとはいえ、財布まで寒くするつもりはないです。

その後、大型スーパーに。
いつも行くと買うのがたこ焼きなのですが、8個いりで480円。

ん? 480円!?

そんなにしたっけな??

違和感。違和感。
どちらも店内でやっておらず、店の外で、ポータブルのガスやらでやっているんでしょうが、こんな値段がしていたっけな、と思わずにいられませんでした。
燃料費の高騰の余波がここにも、という感じでした。

それを考えると、最近、コンビニのサンクスではソフトクリームを157円で販売しています。
これってかなり優秀です。
個人的には、ブルーベリーヨーグルトがあると、週1で買いますね。

とのんびりと過ごしています。
今週5日間を、夏休みの休暇に当てているのですが、やっていることは仕事に関係することばかりです。
急に休みになると、何を過ごしていいのか、わからないものです。

ブログもブーム

2008.08.14.Thu
ブログを更新しなくなって、定期的に見るブログは限られてきました。
久々にブログを更新してみて、ほかのブログがどうなっているのか、と気になってのぞいてみたのですが。
けっこうな数がもうなくなっているか、更新がとまっています。
特に、大学の友達のブログはほぼ100%ぐらいの勢いでブログが終わっています。

そして、

眞鍋かをりのココだけの話 powered by ココログ

を見たときの衝撃。
ブログの女王とか、トラバの女王と呼ばれていた眞鍋さんのブログが。
トラバが2桁でとまっていること。
昔は異常なまでのトラバ数でしたが、今や20という数字が見えます。

眞鍋さんのブログは相変わらずの様子だけど、それに興味がなくなってきた人が多いわけです。

もう目新しくない。から、興味がない

といってしまえば、悲しいのですが。ブログは一時のブームだったと思えますね。
誰も彼もが始めたがってはじめたけど、長くは続かなかった。
ぼくもその一人だったように思います。

それがようやく落ち着いてきたのかなと。
それでも続けている事実と、それでも見てくれている人がいる事実から。
また、個人の情報発信の場を提供してくれている事実も見逃せません。
こういう場ができたことが本当にうれしいと素直に思えます。

ブームはブームだったけど、しっかりつかっている人にとってはれっきとしたツールですからね。
これからもうまく付き合っていきたいと思います。

ただこれからは、低年齢化を考えると、ブログ上で行われる若者(それも十代そこそこの)の人権侵害は増えることでしょう。それをどうやって対処していくのかが問われそうです。

それと、ミクシィの今後がどうなっていくのか、とても気になっています。
会員はちゃんと活動をしているのでしょうか。下火ではないでしょうか。