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「いじめが要因の1つ」学校側認める 神戸の高3自殺
神戸市須磨区の私立高校で今年7月、校舎から飛び降り自殺した同校3年の男子生徒=当時(18)=に対し、同級生の少年(17)らが金品を要求していた恐喝未遂事件で、同校の校長らが21日、会見を開き、生徒に対するいじめの存在を初めて認め、「亡くなった生徒の冥福(めいふく)を祈り、遺族に心からおわびする」と謝罪した上で、「いじめが自殺の要因の一つだった」と述べた。また、高校側は、男子生徒に金を要求するメールの送信に、ほかに2人の同級生がかかわっていたことも明らかにした。
同校は、生徒の自殺後、同級生ら約70人を対象にいじめの有無などを調査していた。しかし、少年の逮捕当日の今月17日の会見では「いじめがあったという認識はない」と否定していた。
(上記サイトより引用)
おそらく、いや間違いなく、世論に押される形で学校側は「いじめがあった」と認めました。
ただ、「要因の一つ」、「仲がよかったので」という形で責任逃れに走っている供述をしています。
いじめではなく、恐喝だったのか。
それは責任のすりかえでしかありません。
学校で起こった問題については、ある程度学校側にも責任がありますし、その形跡らしいことがあれば調査して事実関係を押さえなければいけません。
それができていなかった点については責任があると思います。
この記事を見て思うのは、高校というのは生徒の心を育てる場所というよりも、ただの「大学受験」ありきの場所のような気がします。
教師はもとより、校長自身の発言から人間形成を大事にする姿勢が見られません。
いつの間にか、予備校になったのか? と思うわけです。
全入時代に突入してから私立はつぶれる可能性が増えてきましたし、生き残り戦略としての受験が重要な位置を占めるのはわかります。
けれど、やっぱり人間形成をしっかりと教育の基盤として行わなければなりません。
未熟な心では受験で闘えませんよ。
そういう生徒はやっぱり、という結果に終わってしまうと思います。
去年のうちの中学3年生も同じ。
「勉強やりゃいいんだろう。やるときはやるし」といっていた子。
たくさんいました。生意気な口をきくからどれだけなのかと思ったら、思いっきり惨敗。
というか、そういう子にとっては「どこか合格すればよい」というレベルでして。
夢も希望もとりあえず高校に行くことになってます。
その場限りの子、というのはやっぱりビジョンのその場限りで、自分の歩みたい道と進路を重ねることができないのでしょうね。
まあ、それはそれで、その子の人生で、中学校はここまでのペースメーカー。その後の人生に責任はもてないので。
心が育っていれば、きっと落ち着いて物事を考えられ、素直になれたのかなと、人間形成の重要さを知る思いでした。
問題を先送りせずに、中学校側が安心して送り出せる高校であってほしいものです。
これからの学校側の対応が真摯なものであることを祈ります。
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