雪ノ助、世の中それでいいのか!―教育ブログ―

日々の教育実践の中から。教育、中学生、保護者の現状と本音を伝えていきます。今のままでいいのでしょうか?

真実の自分探し

2009.01.12.Mon
高校時代の先輩に

文章を見るとその人の性格もろもろがわかる

という人がいました。
ついでに言うと、だから、好きな人の文章は見たくないのだと。
どこまでわかるのかは、本人でないとわかりませんが。

文章というのは、最低でもそのときの気分とその人の価値観がわかりますよ。
攻撃的なのか、落ち込んでいるのか、うれしいのか、
何が大事なのか、何に興味があるのか

自分のブログを読み返してみると(そういうことはめったにないのですが)、

ああ、気分が悪かったのね

ということに気づきます。
書いているとそのときの気持ちはあまりわかりませんが、違う気分のときにみると、それがよくわかります。
トータルで言うと、恥ずかしい文章が多いです。

逆に言うと、恥ずかしいと感じられるということは、それに気づくだけ成長したのかなと思ってみたり。
いい文章を書いていると、あとで読むとすっきりとしますしね。
でも、ひっかかるというのは成長の証です。


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その先輩にどこまで解析できるのかはわかりませんが、文章から見ると自分はどうなるのか、けっこう知りたいものです。
そういうブログパーツもありますし。

結局、自分のことを知りたいのです。
しかも、それは自分が意識している自分ではなくて、真実のと言いますか、奥底に隠れている真実の自分みたいな部分です。
だから、占いは流行るのですよね。

血液型で性格判断。
星占い
動物占い
などなど。

ただ、そのときの気持ちは「いいものは信じよう」程度だと思います。
受け入れざるものについてはそんなことはないといって受け流してしまう。
こうして、真実の自分を知りたいなどと思いながらも、自分勝手は自分像を作り上げてしまうのではないでしょう。

だから、思うのです。
性格判断なので、「これ、当てはまる!」とよく言う人。
なんか、それは・・・勝手な自己像ではとか。
自分だったらそんなことは言えないなと。

でも、結局、それでいいのです。
真実の自分を知ることが建前上で大切なわけで、大事なのは、生きるための自信、都合のいい自分の肯定的解釈がほしいだけでしょう。

自分の真実の姿に絶望したら生きていけませんから。
いいもの選びをしたくなりますよね

高校のときの先輩にこのブログを解析してもらったら、ぼくはどんな人間になるのでしょうか。
ちょっと知りたい気もしますが、知らなくてもいいような気がします



自分探しは終わらないし、自己実現のための旅はずっと続いていくことになります

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