心のケア

2008.08.31.Sun
なんでもかんでも、事件ができたら、学校側の対策や求められる対策として、児童生徒の心のケアがあげられています。
正直なところ、

そんなに心のケアが叫ばれる必要性は?

と思うのです。
今回の大分県の21名の不採用の事件を受けて、専門家が心のケアの必要性でカウンセラーを置きなさいと言っています。

その専門家は、学校現場のことをいかにわかっているのか?
ただ、ステレオタイプ的に言っているだけはないか?
どれだけ、それが有効なのか?


ということがわかっているのでしょうか。
不思議です。

申し訳ないがぼくは、そんなことは必要ないと思います。
やるべきは、学校側の対応ではなくて、親でしょう。と思うのですよ。
親がいろいろ話を聞いてやる、話をしてやる。
それ以上のことが学校でできません。
児童生徒が何人いるんだと思っているのか。

そもそも、そういうことをするから、親が「何もしなくて学校に任せていればいい」と勘違いするのではないでしょうか。
カウンセラーの力なんて微々たるもん。
それは学校で接する教師の力も同じ。
個々の対応なんて、学校以外ではできませんよ。

専門家はカウンセラーからわいろをもらっているのではないかと思ってしまいますよ。

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さて。

不採用となる問題でカウンセラー配属ならば。
産休、病休で急に担任がこれなくなった学校は?
臨時採用の人が来年度これなくなった場合は?
飲酒運転で捕まって、懲戒解雇にあった場合は?

なんてことを考え出すと、すべてカウンセラーがいるんではないの??

カウンセラー、カウンセラーと叫ぶことが、より子どももだめにして、親をだめにしていると思います

(終わり)

ネットカフェ難民に生活費、職業訓練条件に月15万円融資へ

2008.08.25.Mon
ネットカフェ難民に生活費、職業訓練条件に月15万円融資へ(読売新聞) - Yahoo!ニュース

厚生労働省は23日、「ネットカフェ難民」の就労を支援するため、公共職業訓練の受講を条件に、訓練中の住居・生活費として月15万円を融資する制度を2009年度に創設する方針を固めた。
年収150万円以下の受講者は返済が免除されるため、実質的には給付となる。09年度予算の概算要求に関連予算1億円を盛り込む。
ネットカフェ難民は住居がなく、定職にも就けずにいることで、低収入で不安定な生活を余儀なくされ、これが、就労を一層難しくするという悪循環に陥りやすい。厚労省の昨年の調査では、全国に約5400人いると推計されている。

(上記サイトより)

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日本という国は、真剣に沈没していってしまっているなあ。
それしか感じません。

ぼくはネットカフェ難民は嫌いです。

ネットカフェ難民の特集を何度か見ましたが、そうなってしまった理由は、

「自分のやりたいことを探していた」
「自分にあうものがない」
「就職してみたが、イメージとは違っていた」

のような、ことが原因でその日暮らしのアルバイトに没頭しているのが多かったです。
だいたいにして、甘い。
自分のやりたいことしかせず、自分に甘えていて、社会を見なかったから、今の自分があるわけだ。

自業自得。

それしかいえない。
今度は、この人たちにお金が支給されるという。
なんて、待遇だ。

まずは、家がないのだから、実家に帰らせなさい。
東京とか都会に出てくるから、家賃が払えないとかが出てくるのだから、実家に帰るべき。
次に、親に現状を通知し、親の責任で子どもを養いなさい。


と言いたい。

弱者に温かい社会はいい社会ですが。
努力をしない人に甘い社会は嫌いです。

学校で勉強をがんばらない、
学校を荒れさせた、
好きなことばかりしていた、
努力は一切しなかった、
嫌なことは先延ばしにした

そんなんじゃ、将来困ってもしょうがないでしょう?

自業自得。

あとは、親の責任。

以上。


ですよ。本当にそう。


ドラマで「モンスターピアレント」なんて流行っていますが、無責任な親、自己中心的な親がどれだけ多いことか、そして、どれだけ子どもを不幸にして責任をとらないことか。
最後にめぐりにめぐって、そのツケを国が支払うのであれば、その国民が国を腐敗させているだけではないか。
子どもの責任は親。
そんな責任も取れないような人が親になってはいけないのですよ。

(終わり)

若手と先輩の会話から

2008.08.13.Wed
新採の仲間(新規採用が同じ年度の同期)と話す機会があって、やっぱりよく聞くのは

「最近の若い教員は・・・」

という苦言のようです。・・・のあとは、

気が使えない
好きなことしかしない
苦労をしようとしない

が入ります。ぼくは1番の「気が使えない」の部類です。
といっても、気にしません。
若いから何でもやれ、馬車馬のように働け、先輩を楽させろ、と平気で言うベテランのためには働きたくはないのです。

だって、クラブとかで偉そうな先輩のためにいろいろしたいですか?
したきゃないですよ。
だから、区別したりもします。

そんな先輩からの苦言を受けて、同期が一言。

「こんな自分らを中学校のときに教育したのは、お前らだ」

と。
今、自分を形作っているすべてとはいきませんが、中学校3年間の教育というのは大きい。
そこを自分が関わっておきながら、けなす、というのは、自分の行為もけなしているように思いますが。

ベテランの先輩方は、こうもいいます。

「昔の学校はすごく荒れてたから、今はそれに比べたら全然楽。だから、我慢、我慢。3年経てばいなくなる」

と。
昔がどうであれ、今学校が荒れているのだから、それが問題だと思うのですが。
その現状で若手もベテランも苦しんでいるのですから、見過ごすのもいかがと。

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教員同士に、地位の上も下もありません。あるのは管理職の教頭と校長だけ。
それゆえに、仕事では同じ立場であります。
教科の違い、経験の違いはあるものの。

なんか、若いから嫌なことを押し付けようとする先輩、若いから敬えと強要しようとする先輩。
しかしながら、仕事の面では、先輩らしさを発揮しようともせず、若手も教育しようともせずです。

そんなんでよくなるのか。
結局、自分たちも「好きなように生きているだけ」のようにしか思えません。
子どもの質が低い、親の質が低い。たしかにそうかもしれませんが、教員の質まで低いとなるとね。

部活引退

2008.08.11.Mon
教員になって3年になります。
配属された中学校で、入学してきた生徒がもう3年生。
生徒から見れば、ぼくも生徒も「同級生」。
そんな3年生徒の、自分の受け持つクラブの最後の大会が終わりました。

いろいろあった3年間。
ただ、今年度のはじめに、メインで見ていた顧問が転任。代わりの先生がメインに。
ぼくは1年生担当という形。
子ども達にとってみれば、ぼくがずっといるわけですから、ぼくがメイン、というのが自然な流れであり、そう子ども達も望んでいた模様。
でも、クラブは技術指導ができなくては。ということで、もう一人の教員がメイン(というか、やりたかったのですよ)

新しい顧問のもとにがんばるクラブ。
ぼくは子ども達とは距離をもち、1年生に目をやる。
新しいメイン顧問は、生徒指導はおざなり。

去年から実力をつけていた子達だから、小さい大会は負け知らずで勝ち上がっていく。
自然、自信もつく。
けれど、そこで忘れてしまうのが、生徒指導のありがたさ。
技術がつけばいいだけではない。
なのに、新しい顧問はそれをしない。

3年生が後片付けをしない。
2年生が試合に出ても応援をしない。
手伝いをしない。
自分勝手な発言をする。

最後の大会で、試合で負ける。
普段の様子から、ふんばりがきかないのが目に見えてわかりました。
そして、大会での仕事分担を3年生が全然せずに、試合に影響がでる。

大会後の集合。
普通ならば、ここで顧問が話をして3年生は泣く、涙ぐむ場面。
女子なら試合後から大泣きのはず。
そんな様子も一切なく。

顧問として、大会への迷惑等を叱責せねばなりません。
それに次の代の2年生に釘を刺す意味でも。

大会への迷惑は、大会自体にも影響を出す、また引率している顧問の顔に泥を塗る。
学校での後片付け等の不始末は、管理職から顧問が叱責を受ける。
面倒を見ている顧問に、恥をかかせ、失敗をさせる。
こういう行為を平気でするようならば、それなりの面倒しかみない。
そういう態度で、練習試合に行きたいと言うな。

と。
思いましたが。
中学生は人間として発達段階にあります。
その中学生を教育する立場にあるものは、その技術だけではなくて、その精神面、心の面をきちんと育てなければならないと。

それは部活指導だけではない。

家庭教育でもそう。

子どもを殴ってもいいが、きちんと心を育ててほしい。
殴って育つのは怒り、不満、恐怖の負の面。

心を育てるには、ほめる、認める、声をかけることが必要。

新しい顧問にもそれを要求したいが難しいねえ。人間があそこまで成長してしまうとね。

塾という免罪符

2007.06.24.Sun
中学生になると、特に中学3年生になると、

「塾に行っているから」

と、自慢する生徒が増える。
中学校教師として、別に塾批判を行っているつもりはないのですが、この「塾」という響きは、生徒とその親にとっては絶大な響きをもつのですね。

「塾に行ったら安心」

と。
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