雪ノ助、世の中それでいいのか!―教育ブログ―日々の教育実践の中から。教育、中学生、保護者の現状と本音を伝えていきます。今のままでいいのでしょうか? |
タイトルリスト
- 11/28 中学生と発達障害 - 今の中学生
- 11/27 できない子の勉強の実態 - 今の中学生
- 11/26 事業仕分けの感想 - 雑記
- 11/25 できる子の実態 - 今の中学生
- 11/24 いじめられた過去(3) - 雑記
- 11/23 いじめられた過去(2) - 雑記
- 11/22 いじめられた過去 - 雑記
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中学生と発達障害
2009.11.28.Sat
今の中学生の1割程度は、発達障害あると思います。発達障害についてはWikiをご参照のこと
発達障害 - Wikipedia
その特徴として、
発達に歪みがあり、通常はしない特異な行動が見られる
発達に遅れがあり、スキルの獲得に時間がかかる
発達に偏りがあり、特定の分野において困難が見られる
という感じです。
ぼくは専門家ではないので、絶対にこれが発達障害と断言はできないのですが、おそらく発達障害に間違いないと思います。
というのも、学校生活を送る中で何らかの支障がある子は、なんらかの発達障害を持っている、この意見は、ぼくの勤めている中学校ではほとんどのすべての教員の支持を得ています。
だからこそ、適切な支援が必要で、保護者がそれに気づき、援助をしていかなければならないのです。
具体的には、どのような子がいるかというと(中には、特別支援クラス、昔で言う障害児学級に配属されないといけない生徒もいると思います)
1 勉強についていけない子
2 落ち着けない子
3 人間関係を築けない子
4 善悪の判断がつきにく子
5 話が聞けない子
などなどです。
1についてみてみると。
中学生にきても分数の足し算ができない、2桁の掛け算ができない。
漢字の読み書きができない。
授業の内容が理解できず、ただノートをとるだけ。
こんな子が大勢です。
ですから、授業にいっても今日は何をしたのか説明できない子がクラスに1割はいるのです。
意味がわからないから、興味ももたないし、やろうともしない。
だから、遊びばかりに夢中になる。
2についてみてみると。
とにかく落ち着けません。
あっちみて、こっちみて、いつも走っていないと気がすまないような子。
話もまともに聞けないから、経験的にただ返事をするだけで何も聞いていません。
3については。
人の気持ちが理解できない子です。
だから、人の嫌がることがわからず、平気で嫌なことを言う、する。
でも、自分がやれると怒り狂う。
などなど。
考えてみると、知的な発達の遅れがある例と精神的な発達の遅れがある、もしくは両方。
でも、学校生活はあまりはみださず、目立たずに行うことができる。
だから、発達障害だという認識が親がもてずに、そのまま見過ごされてしまう。
そして、その子の能力が伸びずに、年齢不相応の発達でとまってしまう、かわいそうなケースが多いです。
小学校のころは目立たなかった差が中学校では大きく開いていきます。
そして、卒業のときには、今までなかった受験という競争があり、そこで、大きくギャップがでます。
その以前から兆候があり、担任が報告しているはずなんですがね。
大半の親は、自分の子が発達障害だなんて思ってはいませんし、特別な支援が必要だとも思っていません。
ただ、自分の子はなにかわからないけれど、あまり勉強ができないなと思うくらいで、危機感も何もありません。
また、保護者が発達障害に偏見があるので、「うちの子がそういう目で見られるのは嫌だから」という理由で認めようとしない保護者もいます。
世間ではなくて、自分の子どもを気にしましょう。
------------------------------------------
発達障害という言葉の響きは気にしないとして、子どもに大事なことは何かというと、子どもが成長していくことであり、保護者はそれを支援することであるはずです。
それが保護者の偏見や気のせいとしてほっておかれたら子どもは不幸です。
何が一番か、よく考えてもらいたいです。
発達障害 - Wikipedia
その特徴として、
発達に歪みがあり、通常はしない特異な行動が見られる
発達に遅れがあり、スキルの獲得に時間がかかる
発達に偏りがあり、特定の分野において困難が見られる
という感じです。
ぼくは専門家ではないので、絶対にこれが発達障害と断言はできないのですが、おそらく発達障害に間違いないと思います。
というのも、学校生活を送る中で何らかの支障がある子は、なんらかの発達障害を持っている、この意見は、ぼくの勤めている中学校ではほとんどのすべての教員の支持を得ています。
だからこそ、適切な支援が必要で、保護者がそれに気づき、援助をしていかなければならないのです。
具体的には、どのような子がいるかというと(中には、特別支援クラス、昔で言う障害児学級に配属されないといけない生徒もいると思います)
1 勉強についていけない子
2 落ち着けない子
3 人間関係を築けない子
4 善悪の判断がつきにく子
5 話が聞けない子
などなどです。
1についてみてみると。
中学生にきても分数の足し算ができない、2桁の掛け算ができない。
漢字の読み書きができない。
授業の内容が理解できず、ただノートをとるだけ。
こんな子が大勢です。
ですから、授業にいっても今日は何をしたのか説明できない子がクラスに1割はいるのです。
意味がわからないから、興味ももたないし、やろうともしない。
だから、遊びばかりに夢中になる。
2についてみてみると。
とにかく落ち着けません。
あっちみて、こっちみて、いつも走っていないと気がすまないような子。
話もまともに聞けないから、経験的にただ返事をするだけで何も聞いていません。
3については。
人の気持ちが理解できない子です。
だから、人の嫌がることがわからず、平気で嫌なことを言う、する。
でも、自分がやれると怒り狂う。
などなど。
考えてみると、知的な発達の遅れがある例と精神的な発達の遅れがある、もしくは両方。
でも、学校生活はあまりはみださず、目立たずに行うことができる。
だから、発達障害だという認識が親がもてずに、そのまま見過ごされてしまう。
そして、その子の能力が伸びずに、年齢不相応の発達でとまってしまう、かわいそうなケースが多いです。
小学校のころは目立たなかった差が中学校では大きく開いていきます。
そして、卒業のときには、今までなかった受験という競争があり、そこで、大きくギャップがでます。
その以前から兆候があり、担任が報告しているはずなんですがね。
大半の親は、自分の子が発達障害だなんて思ってはいませんし、特別な支援が必要だとも思っていません。
ただ、自分の子はなにかわからないけれど、あまり勉強ができないなと思うくらいで、危機感も何もありません。
また、保護者が発達障害に偏見があるので、「うちの子がそういう目で見られるのは嫌だから」という理由で認めようとしない保護者もいます。
世間ではなくて、自分の子どもを気にしましょう。
------------------------------------------
発達障害という言葉の響きは気にしないとして、子どもに大事なことは何かというと、子どもが成長していくことであり、保護者はそれを支援することであるはずです。
それが保護者の偏見や気のせいとしてほっておかれたら子どもは不幸です。
何が一番か、よく考えてもらいたいです。
できない子の勉強の実態
2009.11.27.Fri
できない子の勉強の実態は、はたしてどんなのか?
まあ、さまざまですが。
簡単に言うと、まるで何もわかっていない。わけです。
授業中に何をやっているのか、理解できない、そもそも、興味をもてないし、頭の中は違うことを考えている。
集中力のない子は、何か動くものをずっと目は追っているし、何かを思いついた瞬間に周りの子に言いたくてしかたない衝動に駆られる。
とにかく、思考というものが勉強に向かない、動物的な人間とでもいいましょうか。
ですので、勉強をいくらやっても伸びません。
知識の定着も応用問題も何もかも。
なぜなら、何をやっていいのか、今何をやっているのかさえ理解できない。
それほどの低学力なのです。
親なり、教師なりのナビが必要ですし、モチベーションをもたせてあげるための援助がいるのです。
定期テストのときになると、頭の中には遊びのこと一色に染まる。
毎日遊びほうけて、勉強のことなんて一切頭にとどまらない。
仮にまじめな子がいたとしても、できない子にとっては、考えても勉強はわかりませんから、なんとなくでやるのです。
提出物は答えを写しておけばいいや。
という程度だから実力がつきません。
では、「暗記だけでもやれ」という暗記もできません。
何を暗記したらいいのかもわからないし、暗記をするだけの反復をする集中力もないし、興味もなし。
一人でやれということに限界があるのですから。
そもそも、できない子というのは、自分一人で勉強できるわけがないのです。
それだけの力がないからできない子なわけで、ほっといても、怒ってもできるわけがありません。
今、何をすべきかすらわかっていないのですから。
すべてはなんとなくで、整理されることもなく、おぼろげに思い出されることをテストに書き連ねていくだけです。
主体性・興味・必要性・集中力・反復・忍耐力などなど。
何も備わっていません。
いやいやながらとりあえず提出物をやるのが勉強ではないですからね。
根本的な部分はすべて親がやれというからという、責任転嫁で成り立っているから、自分の問題にならないのですよね。
しかし、まあ、
こんな子たちがクラスの4割くらいを占めているんですよ??
嘆きたくなりませんか???
まあ、さまざまですが。
簡単に言うと、まるで何もわかっていない。わけです。
授業中に何をやっているのか、理解できない、そもそも、興味をもてないし、頭の中は違うことを考えている。
集中力のない子は、何か動くものをずっと目は追っているし、何かを思いついた瞬間に周りの子に言いたくてしかたない衝動に駆られる。
とにかく、思考というものが勉強に向かない、動物的な人間とでもいいましょうか。
ですので、勉強をいくらやっても伸びません。
知識の定着も応用問題も何もかも。
なぜなら、何をやっていいのか、今何をやっているのかさえ理解できない。
それほどの低学力なのです。
親なり、教師なりのナビが必要ですし、モチベーションをもたせてあげるための援助がいるのです。
定期テストのときになると、頭の中には遊びのこと一色に染まる。
毎日遊びほうけて、勉強のことなんて一切頭にとどまらない。
仮にまじめな子がいたとしても、できない子にとっては、考えても勉強はわかりませんから、なんとなくでやるのです。
提出物は答えを写しておけばいいや。
という程度だから実力がつきません。
では、「暗記だけでもやれ」という暗記もできません。
何を暗記したらいいのかもわからないし、暗記をするだけの反復をする集中力もないし、興味もなし。
一人でやれということに限界があるのですから。
そもそも、できない子というのは、自分一人で勉強できるわけがないのです。
それだけの力がないからできない子なわけで、ほっといても、怒ってもできるわけがありません。
今、何をすべきかすらわかっていないのですから。
すべてはなんとなくで、整理されることもなく、おぼろげに思い出されることをテストに書き連ねていくだけです。
主体性・興味・必要性・集中力・反復・忍耐力などなど。
何も備わっていません。
いやいやながらとりあえず提出物をやるのが勉強ではないですからね。
根本的な部分はすべて親がやれというからという、責任転嫁で成り立っているから、自分の問題にならないのですよね。
しかし、まあ、
こんな子たちがクラスの4割くらいを占めているんですよ??
嘆きたくなりませんか???
事業仕分けの感想
2009.11.26.Thu
事業仕分け結果の詳報(25日) - 47NEWS(よんななニュース)
のように、事業仕分けの注目度が格段に上がっています。
そのことについて気になること。
事業仕分けがなされると同時に、批判や反発などが上がっています。
さらには、事業仕分け自体の手法ややり方についてまでのどうのこうのという話になっています。
ぼくとしては、事業仕分けは国がやる画期的な予算の削り方であるし、予算の決め方を国民に見せられる形にしたのは大変すばらしいことだと思います。
この点で、100点をあげていいのではないでしょうか。
その中で、暴かれていくのは、いかに官僚がずさんな予算をつくり、無駄で浪費的なことをやっていたか。
そして、いかに自分のポストを作ったり、貸し借りをしたりということをやっていたか。
つまり、仕事の向きが自分達の利益のためという矮小な目的のためにやられていたかに尽きます。
見ていて痛いのは、仕分け人に対する質問に答えられないところ。
ここが致命的です。
受け答えが下手すぎる、つまり、いかに能力がない人間がやっているか。
そもそも、こういう人達は事業仕分けがどのような趣旨で行われているのかということが分かっていなさ過ぎて、今までの馴れ合いの予算編成を引きずったままきています。
官僚も内向きの仕事を一生懸命する間に力がなくなっていったのです。
このような官僚がする仕事が、はたして本当にいいことになるのか?
答えはNoです。
そして、見直しを余儀なくされる事業は、だめな官僚をつけていたということです。
さて。
方法論的なことが槍玉に上がっていますが、初めてやるのだからそれでいいのではないかと思いますし。
批判するのは、ネタがないから、妬む気持ちから、などの負の要素が入っています。
そういう人は、実現可能でよりよい案を提案する義務があると思います。
できないから文句を言うだけですから。
スーパーコンピュータなどは趣旨からいうとたしかに事業仕分けにはあわないから、あとは政治判断なりで決めることになるのでしょう。
事業仕分けは予算を削減し無駄をなくすところにあるのですから、投資とは無縁かもしれませんし、官僚がビジョンを示せなかったのだということです。
なんにしろ、無駄な官僚の首を一生懸命に切って欲しいものです。
公益法人に天下りとかもろもろ。
こういう無駄金の積み重ねが今の日本の借金地獄につながっていると思うと妙に納得がいきます。
のように、事業仕分けの注目度が格段に上がっています。
そのことについて気になること。
事業仕分けがなされると同時に、批判や反発などが上がっています。
さらには、事業仕分け自体の手法ややり方についてまでのどうのこうのという話になっています。
ぼくとしては、事業仕分けは国がやる画期的な予算の削り方であるし、予算の決め方を国民に見せられる形にしたのは大変すばらしいことだと思います。
この点で、100点をあげていいのではないでしょうか。
その中で、暴かれていくのは、いかに官僚がずさんな予算をつくり、無駄で浪費的なことをやっていたか。
そして、いかに自分のポストを作ったり、貸し借りをしたりということをやっていたか。
つまり、仕事の向きが自分達の利益のためという矮小な目的のためにやられていたかに尽きます。
見ていて痛いのは、仕分け人に対する質問に答えられないところ。
ここが致命的です。
受け答えが下手すぎる、つまり、いかに能力がない人間がやっているか。
そもそも、こういう人達は事業仕分けがどのような趣旨で行われているのかということが分かっていなさ過ぎて、今までの馴れ合いの予算編成を引きずったままきています。
官僚も内向きの仕事を一生懸命する間に力がなくなっていったのです。
このような官僚がする仕事が、はたして本当にいいことになるのか?
答えはNoです。
そして、見直しを余儀なくされる事業は、だめな官僚をつけていたということです。
さて。
方法論的なことが槍玉に上がっていますが、初めてやるのだからそれでいいのではないかと思いますし。
批判するのは、ネタがないから、妬む気持ちから、などの負の要素が入っています。
そういう人は、実現可能でよりよい案を提案する義務があると思います。
できないから文句を言うだけですから。
スーパーコンピュータなどは趣旨からいうとたしかに事業仕分けにはあわないから、あとは政治判断なりで決めることになるのでしょう。
事業仕分けは予算を削減し無駄をなくすところにあるのですから、投資とは無縁かもしれませんし、官僚がビジョンを示せなかったのだということです。
なんにしろ、無駄な官僚の首を一生懸命に切って欲しいものです。
公益法人に天下りとかもろもろ。
こういう無駄金の積み重ねが今の日本の借金地獄につながっていると思うと妙に納得がいきます。
できる子の実態
2009.11.25.Wed
いつもいつも、できない子のことを書いているのが中心ですが、きちんとできている子もいます。
教師が見て、できる子というのはどういう子か、挙げてみます。
1 あいさつができる
2 言葉遣いが丁寧
3 お礼と謝りができる
4 宿題・提出物ができる
5 服装がきちんとしている
6 人の話がきちんと聞ける
7 周りに気を使うことができる
8 友達を大切にする
9 時間やルールを守ることができる
10 係りの仕事を最後まですることができる
この辺が基本になってくると思います。
今、挙げただけで言うなら、本当に簡単なもので、これって一言で言えば、「高校受験のときに推薦できる人」ですよ。
数値目標も特にないので、できて当たり前、というか、この辺が中学生の常識なんじゃないかと思って教員になったのですがね。
これだけのことですらできない人達が多い。
というか、下手をすればクラスの中でも半分以上はできないかもしれない。
できていれば、教師からはいい印象で写ることは間違いないのです。
できるとして挙げるならば、やっぱり
11 授業中、発表をがんばれる
12 テストは80点くらいはとれる
13 自分なりの勉強方法を確立している
14 周りの子に注意ができる
15 周りに呼びかけができる
などが挙げられて、できる要素の中には、クラスでの活躍・牽引といった役目も必要になってきます。
つまり、自分のことができる+周りに対していい影響を与えられるかどうかですね。
この周りに対してができないのが多くて、できない人は総じて、印象が悪くなっていきます。
どうしても、自己中心的に映ってしまって。
本人から言わせたら「自分のことはちゃんとやっているから、いわれる筋合いはない」でしょうが。
ただ、それは自分のまでのレベルであって、低レベルのことで、周りのことまで影響を与えられる力というのが大事で、社会に出たら必要になるものなんですがね。
どうしても自己本位で終わってしまいますから。
残念です。
でも、できる子はやっぱりちゃんといます。
将来はどのような活躍をするのか、楽しみですね。
教師が見て、できる子というのはどういう子か、挙げてみます。
1 あいさつができる
2 言葉遣いが丁寧
3 お礼と謝りができる
4 宿題・提出物ができる
5 服装がきちんとしている
6 人の話がきちんと聞ける
7 周りに気を使うことができる
8 友達を大切にする
9 時間やルールを守ることができる
10 係りの仕事を最後まですることができる
この辺が基本になってくると思います。
今、挙げただけで言うなら、本当に簡単なもので、これって一言で言えば、「高校受験のときに推薦できる人」ですよ。
数値目標も特にないので、できて当たり前、というか、この辺が中学生の常識なんじゃないかと思って教員になったのですがね。
これだけのことですらできない人達が多い。
というか、下手をすればクラスの中でも半分以上はできないかもしれない。
できていれば、教師からはいい印象で写ることは間違いないのです。
できるとして挙げるならば、やっぱり
11 授業中、発表をがんばれる
12 テストは80点くらいはとれる
13 自分なりの勉強方法を確立している
14 周りの子に注意ができる
15 周りに呼びかけができる
などが挙げられて、できる要素の中には、クラスでの活躍・牽引といった役目も必要になってきます。
つまり、自分のことができる+周りに対していい影響を与えられるかどうかですね。
この周りに対してができないのが多くて、できない人は総じて、印象が悪くなっていきます。
どうしても、自己中心的に映ってしまって。
本人から言わせたら「自分のことはちゃんとやっているから、いわれる筋合いはない」でしょうが。
ただ、それは自分のまでのレベルであって、低レベルのことで、周りのことまで影響を与えられる力というのが大事で、社会に出たら必要になるものなんですがね。
どうしても自己本位で終わってしまいますから。
残念です。
でも、できる子はやっぱりちゃんといます。
将来はどのような活躍をするのか、楽しみですね。
いじめられた過去(3)
2009.11.24.Tue
小学校で立て続けにいじめられたが、その後は何もなかった。
もちろん、いじめる方に回ることもなかった。
言い方を変えるなら、自信がちょっとずつついてきて、自分の意見も少しずつ言えるようになったのかもしれない。
ただ、高校ぐらいのときには、「お前はいじめられたことがあるだろう」みたいなことを言われることがあった。
教師をやっている今、そういう話題が出ても、誰もぼくのことをいじめられたことがある子のようには思わない。
きっとあれはいじめだった。
ふと過去を振り返るときに考えることがある。
あれが辛かったとか、恨みに思ったとか、という感情はない。
確実に記憶は消し去れていくし、生々しく嫌な記憶もない。
ただ、嫌だったらしい、程度のことになっている。
ぼくをいじめた二人はそんなにひどいことをぼくにはしなかった。
彼らは、さびしくて、対等な友人が欲しくて、それをぼくに求めていたのだと思う。
ただ、それはぼくにとっては嫌な方法だった。
彼らのようにして、さびしさから友達を求めるようなことは嫌だ。
これはいじめの経験がそうさせているのか、ぼくが元々そういう人間なのかわからない。
今は人間関係にはドライな面もある。
これは彼らがぼくの人生に落とした影なのかもしれない。
子どもだから、許されることは多いが、こんな形で人格形成に大きく影響を与えているのであれば、彼らの罪は重く、損害賠償ものだ。
いじめの程度はどうであれ、人間づきあいの根本のバランスを少しゆがめたのではないかと考えることがある。
彼らと今会ったらどうするかと考えてみる。
嫌味の一つでも言いたいか?
そんなことはどうでもいい。
一番は彼らに関わることをしたくないだけ。
心の狭い人間に思われるかもしれないが、仮に彼らが「あの時、いじめて悪かった」と言っても許すも許さないもない。
ただ、単純に嫌な思いをさせてくれた人間に関わりたくないだけだ。
彼らがいじめのことですら忘れていて「なんでそんなに冷たいんだ?」と聞いてくるなら、「お前のことが嫌いだから」と言うのかもしれない。
人に嫌なことをしたらその人から相手にされなくなるんだ、ということぐらいしかできることはないだろう。
今の自分は、過去のいじめに捉えられているのだろうか、それとも、自由なのだろうか。
それは少なくとも思い出すということは、何か解決できていないのか。
そして、一生忘れることなく、残る記憶になるのだろうと思う。
(終わり)
<関連記事>
いじめられた過去
いじめられた過去(2)
もちろん、いじめる方に回ることもなかった。
言い方を変えるなら、自信がちょっとずつついてきて、自分の意見も少しずつ言えるようになったのかもしれない。
ただ、高校ぐらいのときには、「お前はいじめられたことがあるだろう」みたいなことを言われることがあった。
教師をやっている今、そういう話題が出ても、誰もぼくのことをいじめられたことがある子のようには思わない。
きっとあれはいじめだった。
ふと過去を振り返るときに考えることがある。
あれが辛かったとか、恨みに思ったとか、という感情はない。
確実に記憶は消し去れていくし、生々しく嫌な記憶もない。
ただ、嫌だったらしい、程度のことになっている。
ぼくをいじめた二人はそんなにひどいことをぼくにはしなかった。
彼らは、さびしくて、対等な友人が欲しくて、それをぼくに求めていたのだと思う。
ただ、それはぼくにとっては嫌な方法だった。
彼らのようにして、さびしさから友達を求めるようなことは嫌だ。
これはいじめの経験がそうさせているのか、ぼくが元々そういう人間なのかわからない。
今は人間関係にはドライな面もある。
これは彼らがぼくの人生に落とした影なのかもしれない。
子どもだから、許されることは多いが、こんな形で人格形成に大きく影響を与えているのであれば、彼らの罪は重く、損害賠償ものだ。
いじめの程度はどうであれ、人間づきあいの根本のバランスを少しゆがめたのではないかと考えることがある。
彼らと今会ったらどうするかと考えてみる。
嫌味の一つでも言いたいか?
そんなことはどうでもいい。
一番は彼らに関わることをしたくないだけ。
心の狭い人間に思われるかもしれないが、仮に彼らが「あの時、いじめて悪かった」と言っても許すも許さないもない。
ただ、単純に嫌な思いをさせてくれた人間に関わりたくないだけだ。
彼らがいじめのことですら忘れていて「なんでそんなに冷たいんだ?」と聞いてくるなら、「お前のことが嫌いだから」と言うのかもしれない。
人に嫌なことをしたらその人から相手にされなくなるんだ、ということぐらいしかできることはないだろう。
今の自分は、過去のいじめに捉えられているのだろうか、それとも、自由なのだろうか。
それは少なくとも思い出すということは、何か解決できていないのか。
そして、一生忘れることなく、残る記憶になるのだろうと思う。
(終わり)
<関連記事>
いじめられた過去
いじめられた過去(2)
いじめられた過去(2)
2009.11.23.Mon
いじめられたのは、小学校3・4年と5・6年のとき。別々の相手。
これは5・6年生のときの話。
同級生で同じクラスの男子、S君。
これまた一人っ子で、野球のクラブチームに入っていた。彼はしんどいため極度に嫌がっていた。
野球をするくらい立派で、ポジションはキャッチャーのような体格をしていた。
ぼくがケンカでは絶対にかなわないタイプだ。
家はこれまた割りと裕福で、好きなものが与えられていた。
ゲームが好きで、両親はともに共働きだったのではないかと思う。
学力は中の下程度のもので、彼がどの高校にいったのかは知らない。
Sとは、何がきっかけかはわからないのだが。
彼には、そのときにはすでに、いじめている相手、と言ったらいいのか、下僕といったらいいのか、というような相手Tがいた。
Tは学力もなく、自信もなくでとりえがなかった。
顔はルー大柴のような顔だ。
情けないことに、ぼくはTに対しては優越感を感じていた。
Sのいじめにあってからは、仲間意識も同時にもっていた。
以前からの知り合いだった。
はじまりはきっと、Tのとのからみがあって、何かの拍子でSの家でゲームをしたことだと思う。
当時のぼくは兄の影響もあり、とてもゲームがうまかったし、好きだった。
ゲームの雑誌も買っていたから、裏技なんかにもくわしくて重宝された。
SにとってTは何をやらしてもだめだった。
そこにぼくがやってきて、ゲームがうまい。知識もある。
きっとSにしてみれば、下僕にするにはよりふさわしい相手を見つけたのだろうと思う。
それか、遊び相手のどちらかだ。
最初は楽しかったが、Sからの誘いが多くなると、少々面倒なときもあった。
それを断り続けたときにSの態度が変わった。
帽子を隠し、「返して欲しければ家に来い」とようなことを言われた。
そのときのぼくは「親に知られてはいけない。帽子をなくしてはいけない」と重大に考えて、Sに言われるとおりにした。
本当に情けない理由だ。
いじめっ子にいじめられるのは明白だ。
Sは味をしめた。
ぼくなんて、下僕にするのは簡単だった。
このようにして毎日のようにSの家に遊びにいかされる羽目になった。
ただ、Kのときと違うのが、家に行ってやるのはゲームで、それはそれでとてもおもしろいことだった。
ここがKと違うところだ。
ただ、小学校の空き時間では、SはぼくとTを呼んで、3人で何かをした。
時には、野球チームの練習もどきをさせられ「おれはいっつもこんなにきついことをさせられとんで」と不満をぶつけられ。
時には、チェスの相手をさせられ。(嫌だったので、適当に相手をした)
時には、学校生活をはみ出す(着ベルを守らないとか、入ってはいけないところに入るとか。)ことをさせられ、何回か怒られた。
今回はTという存在もあったので、いじめられは楽しくなかったが、なんとかやっていくことができた。
その後、事態は急展開を迎える。
こうやっていじめられていることでぼくがすごく嫌がっていることを友達が気づいたのだ。
この友達は、遊び友達ではなく学校の友達だ。
5人グループだったように思う。
で、この5人は学校帰りのSを取り囲み、ぼくのことをもういじめるなと警告してくれ、無視するSを追いかけ、攻撃した。
その攻撃によって、Sは泣き、走って帰っていった。
このことを翌日、その友人達が笑いながら教えてくれた。
「次もやったら、許さんからな」といってくれ、嘘のように、Sのいじめはなくなった。
関わりが全くなくなった。
教師側からの働きかけよりも、同級生達からの働きかけのほうが強いのだと実感し、何より、こうした友人に感謝したし、こうした友人と友達関係を築いていることをとてもありがたく思った。
Sの泣いて帰ったことは、Sの保護者から学校にクレームが入り、その後、友人達は事情聴取された。
ぼくも聞かれ、いじめられていたことを話した。
結果的に5人は友達を思ってやったことだったが、ちょっとやりすぎだったから次からは注意するように、で収まった。
結果的に、Sに指導が入った形になった。
結局、彼も単純に遊び相手が欲しかっただけなのかも。
(続く)
<関連記事>
いじめられた過去
これは5・6年生のときの話。
同級生で同じクラスの男子、S君。
これまた一人っ子で、野球のクラブチームに入っていた。彼はしんどいため極度に嫌がっていた。
野球をするくらい立派で、ポジションはキャッチャーのような体格をしていた。
ぼくがケンカでは絶対にかなわないタイプだ。
家はこれまた割りと裕福で、好きなものが与えられていた。
ゲームが好きで、両親はともに共働きだったのではないかと思う。
学力は中の下程度のもので、彼がどの高校にいったのかは知らない。
Sとは、何がきっかけかはわからないのだが。
彼には、そのときにはすでに、いじめている相手、と言ったらいいのか、下僕といったらいいのか、というような相手Tがいた。
Tは学力もなく、自信もなくでとりえがなかった。
顔はルー大柴のような顔だ。
情けないことに、ぼくはTに対しては優越感を感じていた。
Sのいじめにあってからは、仲間意識も同時にもっていた。
以前からの知り合いだった。
はじまりはきっと、Tのとのからみがあって、何かの拍子でSの家でゲームをしたことだと思う。
当時のぼくは兄の影響もあり、とてもゲームがうまかったし、好きだった。
ゲームの雑誌も買っていたから、裏技なんかにもくわしくて重宝された。
SにとってTは何をやらしてもだめだった。
そこにぼくがやってきて、ゲームがうまい。知識もある。
きっとSにしてみれば、下僕にするにはよりふさわしい相手を見つけたのだろうと思う。
それか、遊び相手のどちらかだ。
最初は楽しかったが、Sからの誘いが多くなると、少々面倒なときもあった。
それを断り続けたときにSの態度が変わった。
帽子を隠し、「返して欲しければ家に来い」とようなことを言われた。
そのときのぼくは「親に知られてはいけない。帽子をなくしてはいけない」と重大に考えて、Sに言われるとおりにした。
本当に情けない理由だ。
いじめっ子にいじめられるのは明白だ。
Sは味をしめた。
ぼくなんて、下僕にするのは簡単だった。
このようにして毎日のようにSの家に遊びにいかされる羽目になった。
ただ、Kのときと違うのが、家に行ってやるのはゲームで、それはそれでとてもおもしろいことだった。
ここがKと違うところだ。
ただ、小学校の空き時間では、SはぼくとTを呼んで、3人で何かをした。
時には、野球チームの練習もどきをさせられ「おれはいっつもこんなにきついことをさせられとんで」と不満をぶつけられ。
時には、チェスの相手をさせられ。(嫌だったので、適当に相手をした)
時には、学校生活をはみ出す(着ベルを守らないとか、入ってはいけないところに入るとか。)ことをさせられ、何回か怒られた。
今回はTという存在もあったので、いじめられは楽しくなかったが、なんとかやっていくことができた。
その後、事態は急展開を迎える。
こうやっていじめられていることでぼくがすごく嫌がっていることを友達が気づいたのだ。
この友達は、遊び友達ではなく学校の友達だ。
5人グループだったように思う。
で、この5人は学校帰りのSを取り囲み、ぼくのことをもういじめるなと警告してくれ、無視するSを追いかけ、攻撃した。
その攻撃によって、Sは泣き、走って帰っていった。
このことを翌日、その友人達が笑いながら教えてくれた。
「次もやったら、許さんからな」といってくれ、嘘のように、Sのいじめはなくなった。
関わりが全くなくなった。
教師側からの働きかけよりも、同級生達からの働きかけのほうが強いのだと実感し、何より、こうした友人に感謝したし、こうした友人と友達関係を築いていることをとてもありがたく思った。
Sの泣いて帰ったことは、Sの保護者から学校にクレームが入り、その後、友人達は事情聴取された。
ぼくも聞かれ、いじめられていたことを話した。
結果的に5人は友達を思ってやったことだったが、ちょっとやりすぎだったから次からは注意するように、で収まった。
結果的に、Sに指導が入った形になった。
結局、彼も単純に遊び相手が欲しかっただけなのかも。
(続く)
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いじめられた過去
いじめられた過去
2009.11.22.Sun
「いじめられた経験はあるか?」
と聞かれればないと答えている。
けれど、実際にいじめられた経験はある。
なぜ、嘘をつくのかと言うと、それを言ったとしても何にも進展もないし、過去のことをとやかく言いたくない性格だから。
これは現代のいじめと比べれば高が知れているのかもしれないけれど。
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いじめられたのは、小学校3・4年と5・6年のとき。別々の相手。
小学校3・4年のときの相手は、同級生で同じクラス、色白で剣道を習っていた男子K君。
学力は低く、彼は公立高校を受験する学力はなかったし、剣道か何かで私立高校の推薦だった。
性格はわがままで、けんかっぱやい。
(今にして思えば)家は比較的裕福で、彼は一人っ子だったから、ずいぶんと物に恵まれて育ってきたに違いない。
だけど、友人には恵まれなかった。
ことの発端は、ぼくが他の友達と待ち合わせをしていた。
そのとき、Kが暇をしていたか何か、同じクラスのぼくに声をかけた。
「暇だから、一緒に遊びに連れて行ってくれ」とのこと。
強引だったのもあり、Kと一緒に友達と遊んだ。
定かではないが、このときから、Kは傲慢な感じだったように思う。
次の日、友達の友人(こちらはケンカが強い)が「なんでKを一緒に連れてきたんだ?」と言われ、友達が嫌な思いをしたのを記憶している。
それとともに、こうやって友達をかばってくれる友人の存在がうらやましかったが。
そして、Kはぼくが自分よりも弱い者だとわかったのだろう、その日から彼の態度は変化し、何かと命令するようになった。
ももを蹴られたり、つねられたり、誰かにケンカをしかけてこいと言われたり。
これから毎日のように、放課後は彼と遊ぶ(!?)ようになった。
その当時のぼくは、自信もなく、強い者に対してどうしていいのかもわからなかった。
こうして困っていることを親に知られるのがとてもいけないことで、自分が黙って犠牲になっていればいいんだと、自己犠牲の精神であふれていた。
実際は、Kと関わるのが嫌で嫌で仕方がなかった。
変化があったのは、Kがプールのそばの柱をぼくになめろと言ったときのこと。
周りで見ていたクラスメイトが、「これはひどいからやめろや」と言いとめてくれ、担任の先生に報告した。
担任は怒り、彼をひっぱたいた。
彼は大泣きだった。
担任は一言で言うと、体罰をする教師だった。
Kに何かをされるたびに、担任にチクッた。
そして、Kは戦々恐々として呼び出され、体罰を受けた。
でも、Kは程度は下がったかもしれないが、ぼくに対していじめをやめることはなかった。
体罰はKの心を育てることには一切つながらなかったのだ。
そうしているまに、4年生が終わり、担任が転勤した。
このころ、クラス替えをしたからか、Kにいじめられなくなった。
今思うと、いろいろなことがわかる。
いじめられていたから、Kとは別のクラスにされたこと。
Kは一人っ子で、ただ単純にさびしく、遊び相手が欲しかったこと。
そして、その中で、ぼくが対等には見えず、子どもながらの残酷な面で、優劣をつけて面白おかしく何かと攻撃をしていたのだと思う。
そのときの自分は、本当にいじめがいすれなくて、自己主張もはっきりせず、嫌なやつだったと思う。
Kとの付き合い自体も、嫌な顔をいつもしていたから、友達がほしかったKからすると腹が立つ奴だったはず。
Kと遊べない日は、とても喜んだ顔をしただろうし、とにかく逃げたい一心が態度に出ていたように思う。
(続く)
と聞かれればないと答えている。
けれど、実際にいじめられた経験はある。
なぜ、嘘をつくのかと言うと、それを言ったとしても何にも進展もないし、過去のことをとやかく言いたくない性格だから。
これは現代のいじめと比べれば高が知れているのかもしれないけれど。
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いじめられたのは、小学校3・4年と5・6年のとき。別々の相手。
小学校3・4年のときの相手は、同級生で同じクラス、色白で剣道を習っていた男子K君。
学力は低く、彼は公立高校を受験する学力はなかったし、剣道か何かで私立高校の推薦だった。
性格はわがままで、けんかっぱやい。
(今にして思えば)家は比較的裕福で、彼は一人っ子だったから、ずいぶんと物に恵まれて育ってきたに違いない。
だけど、友人には恵まれなかった。
ことの発端は、ぼくが他の友達と待ち合わせをしていた。
そのとき、Kが暇をしていたか何か、同じクラスのぼくに声をかけた。
「暇だから、一緒に遊びに連れて行ってくれ」とのこと。
強引だったのもあり、Kと一緒に友達と遊んだ。
定かではないが、このときから、Kは傲慢な感じだったように思う。
次の日、友達の友人(こちらはケンカが強い)が「なんでKを一緒に連れてきたんだ?」と言われ、友達が嫌な思いをしたのを記憶している。
それとともに、こうやって友達をかばってくれる友人の存在がうらやましかったが。
そして、Kはぼくが自分よりも弱い者だとわかったのだろう、その日から彼の態度は変化し、何かと命令するようになった。
ももを蹴られたり、つねられたり、誰かにケンカをしかけてこいと言われたり。
これから毎日のように、放課後は彼と遊ぶ(!?)ようになった。
その当時のぼくは、自信もなく、強い者に対してどうしていいのかもわからなかった。
こうして困っていることを親に知られるのがとてもいけないことで、自分が黙って犠牲になっていればいいんだと、自己犠牲の精神であふれていた。
実際は、Kと関わるのが嫌で嫌で仕方がなかった。
変化があったのは、Kがプールのそばの柱をぼくになめろと言ったときのこと。
周りで見ていたクラスメイトが、「これはひどいからやめろや」と言いとめてくれ、担任の先生に報告した。
担任は怒り、彼をひっぱたいた。
彼は大泣きだった。
担任は一言で言うと、体罰をする教師だった。
Kに何かをされるたびに、担任にチクッた。
そして、Kは戦々恐々として呼び出され、体罰を受けた。
でも、Kは程度は下がったかもしれないが、ぼくに対していじめをやめることはなかった。
体罰はKの心を育てることには一切つながらなかったのだ。
そうしているまに、4年生が終わり、担任が転勤した。
このころ、クラス替えをしたからか、Kにいじめられなくなった。
今思うと、いろいろなことがわかる。
いじめられていたから、Kとは別のクラスにされたこと。
Kは一人っ子で、ただ単純にさびしく、遊び相手が欲しかったこと。
そして、その中で、ぼくが対等には見えず、子どもながらの残酷な面で、優劣をつけて面白おかしく何かと攻撃をしていたのだと思う。
そのときの自分は、本当にいじめがいすれなくて、自己主張もはっきりせず、嫌なやつだったと思う。
Kとの付き合い自体も、嫌な顔をいつもしていたから、友達がほしかったKからすると腹が立つ奴だったはず。
Kと遊べない日は、とても喜んだ顔をしただろうし、とにかく逃げたい一心が態度に出ていたように思う。
(続く)

